「魂の目的ソウルナビゲーション」より引用
たとえ私たちが何を感じていようと、
何を知っていようと、
どんな潜在的な才能を持っていようと、
どんな適性があろうと、
行動に移さなければ、何の意味もない。
約束、勇気、愛について
理解しているって?
それを実践して初めて、
理解しているかが分かる。
実行とは、理解することなのである。
行動を起こすのは、結構骨が折れるものです。
猜疑心や怠惰な心は世の中いたるところにあり、それらは私たちの心や体の中にも満ちています。
それでも、私たちは行動しなければなりません。
口で言うのは簡単だし、概念や思想で飾れば上品な感じを与えます。
計画はいくらでも豊かな内容に出来るし、
誠意は相手に好印象を与えるかもしれません。
しかし、このような言葉や概念、観念を行動に移すには、エネルギー、つまり何らかの対価が必要です。
不安に打ち克ち、過去の自己不信,無気力、無感動を乗り越え、波風を避けようとするたくさんの言いわけを踏み砕いて、頑張り通さなければなりません。
人生もまた、こう言って私たちを叱咤激励します。
「しなければならないことがあれば、行いなさい。言いわけばかりして何もしないのはいけないよ』。
そう。
これが行動の法則です。
私たちは、多方面からしょっちゅうこうした熱心な説得を受けています。
「ソファーに寝転んでいないで、新しい生活を始めなさい!少しでもよいから、努力し、意思を持ち、自分に厳しくなりなさい!」などと。
しかし、感情的、心理的、心身的な苦痛があまりにもひどくなって、そうせずにはいられなくなった時にしか、私たちは行動しません。
しかし、行動しなくては、何も進歩しません。
行動や変化を起こすとき、最初のうちは面倒くさいし、普段よりも多くのエネルギーを要するうえ、不安に打ち克たなくてはなりません。
まずこのことをきちんと認識し、自分に「私には、必要な行動をとる勇気があるし、準備もできてている!」と言い聞かせましょう。
でもどうやって?
その後はあれこれ考えず、ただ行動あるのみです。
私たちは何をするにも大抵、自分の内側から許可をえようと求めます。
つまり「動機を感じる」まで待つのです。
恐れがよそ見をし、自己不信や不安がどこかへいなくなり、理性が行動の許可を与えてくれるのを、待ち続けるのです。
しかしそういう現状認識よりも行動のほうがずっと強いのです。
実際、いくら感性と知性が脅えていても、強さと勇気を持って行動しなければならない時だってあるのです。
安らぎの戦士たちは許しを待ちません。
彼らにはどんな行動をとるべきかを直感で知り、勇気と高潔の道を選びます。
自分の心が行動の正しさを認識すれば、たとえおそれや自己不信、不安が渦巻いても、行動に移します。
まず行動し、主観、つまり思考や感情が追いつくのを待つのです。
「待て!お前には出来ない。お前には耐えられない!」と理性はささやきます。
過去の失敗に照らした声もするでしょう。
「笑われてもいいのか?傷つくだけだ。失敗するぞ!」。
あらゆる声をやり過ごし、とにかく行動することが大切です。
そうするうちに、いつの間にかこうした声や感情はしだいに遠のき、間遠になってきます。
私たちは毎日、恐れや怠惰を乗り越え、行動を起こす機会に出合います。
自分の決心一つで、私たちは行動の法則のもつ大きな力と魔法をいつでも体験できるでしょう。
行動は主観よりも強力です。
何を感じ、何を考えていようとも、とりあえず行動することができます。
とりあえず行動すれば、恐怖や自己不信や不安は、私たちの足跡の上をたなびくほこりの中に消えていきます。
いや〜・・・もう、ここまで言われると、さすがにグゥの音も出まへん(^^;