いわゆる自問自答
自分で自分に問い、自分が自分に答える
一切の誤魔化しはきかない
自分の心は自分が全て知っている
「お前、本当にそう思っているのか?実は違うんじゃないのか」
と、最も手厳しい質問が帰って来る
「本当のところはどうなんだ」
と、さらにたたみかけてくる
自分を一番よく知っているのは自分であるから
もう降参するしかない
「ああ、そうだよ。お前の言う通りだよ。確かにそうだよ」
と、観念する
すると、もう一歩突っ込んだ質問が来る
「で、お前は観念して、反省したフリをしてれば、それでいいと思っているのか?
それで世間は通るだろうが、俺は絶対に騙せないぞ」
恐ろしい質問である
「確かに、そういう気持もある。でも、全く反省してない訳じゃない」
正直な気持だ
こんなやりとりを、かれこれ5〜6時間、真夜中にやった事がある
そして最後の最後・・・
「どうしようもねえ奴だけど、最後まで付き合うしかねえか」
やっとのことで質問攻め(最も手厳しい取り調べとも言える)が終わった
「僕」は「俺」と、ようやく折り合いをつけた
自分の甘さ、誤魔化し、いい加減さ、やっているフリ、ドロドロした部分は、自分が一番よく知っている
しかし、一点ではあるが真っ正直で清らかな部分もあること
これ以上はないというほどに突き詰めたあげく見えて来た
一点曇りもない「誠の心」「神を思う気持」「愛」
「自己愛」は、「自己に会う」ことで、より一層確かなものになる
それと同時に、徹底的に確認した「自己愛」こそが
「生きとし生ける全てのものへの愛」への出発点だと知る





