真の生き方とは、真の自分らしさとは・・・時に熱く、時に激しく、時に静かに語ります。
心に網はかけられない 
2008/03/08 Sat 16:10

人間ってのは面白いもので、「●●をするな」と言われると、その「●●」が急に気になったりして、
意識が「●●」にばかり向いてしまう。

だからと言って青少年に「エロ本を見るな」というのは、そりゃ無理というもの。

ちなみに私は高校生の時、堂々と本屋でエロ本を「立ち読み」していた猛者だった。
深い意味の“立ち読み”も含めて・・・(って、オイ!)


コホン・・・それはさておき。


じゃあ、「勉強するな」と言われたら勉強を始めるかというと、さにあらず。
「ヤッター♪」とばかり、サッサと遊びに行くのがオチ。


いや〜、人間って、ホントに面白いですねぇ〜♪


「あまのじゃく」というか・・・






で、ちょっと硬い話。

世界の宗教は、だいたいが「戒律」を持っている。
教典に書いてあったり、石版に刻まれていたりして、こと細かく「あれはダメ、これもダメ」と、「ダメダメ禁止網」をグルグルと張り巡らせ、人間の想念まで規制しようとする。

そして、戒律を守れないのは、「信仰心が足りないからだ」とか「罪深いからだ」とか何とか言って、罪悪感で心を縛りつけ、コントロールする。


しかし、もともと人の心というのは、本来、「自由自在」。

空間で言えば、宇宙よりも広く、ミジンコよりも小さい。
時間で言えば、過去、現在、未来と、果てしない。

さらに、想像力が創造力となって、何でも自由自在に生み出すことが出来、自分が生み出したものを肉体で体験できる。


だから、「心に網はかけられない」のだ!!


宇宙創造の神が、本当に「ダメだ」というようなものは、実は、私達には「想像すること」すら出来ない。

なぜなら、人間が心の中で「想像」できるものは、すべて現実に「創造」できる可能性を秘めているからだ。

それなのに、神は私達に「自由自在」な心を与えた。
つまり、神と同格の力を与えられたということだ。

それは何故か。

「宇宙創造の神」は、もともと「唯一無二の存在」なので、認識できるのは、すべて「自分」。

いや、「自分」という認識すら無かったのかも知れない。

その神が、自分のお腹の中に「物質宇宙」を生み出し(作り出すのではない)、そこに神の息吹を吹き込んだ「人」を生み出した。つまり「子供」を生み出した訳だ。

そして、神の願いは「我が子」と一緒に、永遠に嬉し楽しで遊びたいのだ。

ただ、それだけなのだ。(ホントか?)(ホントや)

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